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平田文男(教授) 分子研リポート2000 | 分子科学研究所

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Academic year: 2018

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分子基礎理論第四研究部門

平 田 文 男(教授)

A -1)専門領域:理論化学、溶液化学

A -2)研究課題

a) 溶液内分子の電子状態に対する溶媒効果と化学反応の理論 b)溶液中の集団的密度揺らぎと非平衡化学過程

c) 生体高分子の溶媒和構造の安定性に関する研究 d)電極の原子配列を考慮した電極ー溶液界面の統計力学

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 溶液内分子の電子状態に対する溶媒効果と化学反応の理論:溶液中に存在する分子の電子状態は溶媒からの反作用 場を受けて気相中とは大きく異なり、従って、分子の反応性も違ってくる。われわれは以前にこの反作用場を液体の 積分方程式理論によって決定する方法(R ISM-SC F 法)を提案している。この理論を使って2000年度に行った研究の 主な成果を以下にまとめる。

(i) D iels-A lder反応の立体異性選択性に対する溶媒効果:D iels-A lder反応では endo体が選択的に生成されるが、水中 ではendo/exoの生成比およびその反応速度比が、熱力学状態(温度と圧力)によって大きく変化することが実験的に 知られている。我々は R IS M-S C F 法に基づいて、典型的な反応系であるシクロペンタジエンとメチルビニルケトン の反応について、これらの比を非経験的に予測することに成功し、その物理化学的な背景について考察した。その結 果、endo/exo選択比は、常温・常密度の水中では疎水相互作用によって大きくなるが、臨界状態に近づくにつれてそ の効果が小さくなることが分かった。[Chem. Phys. 258, 151 (2000) に既報]

(ii) C O と C O2 の水に対する溶解度がどちらが大きい?:一酸化炭素や二酸化炭素の水に対する溶解度は電気化学 や環境化学を始め、多くの化学現象に関わりをもつ重要な問題である。ところで、これらの物質の溶解度は直感とは 非常に異なったふるまいを示す。一般に、極性溶媒中への分子の溶解過程に伴う自由エネルギー変化はおおざっぱ に二つの段階に分けて考えることができる。ひとつは溶媒中にその溶質分子を収容するための空孔を作るために必 要な可逆仕事(Gc>0)、もうひとつはその空孔に収容した溶質と溶媒との引力的相互作用(Gi <0)である。従って、 溶質の排除体積が大きければ大きいほど、また、溶質−溶媒間(引力)相互作用が小さければ小さいほど、溶質は解け にくくなる。一酸化炭素と二酸化炭素の排除体積をくらべると二酸化炭素が大きいので Gcは大きくなる。また、そ れらの双極子能率を比較すると二酸化炭素の方が小さいので相互作用が小さいように見える。すなわち、いずれの 指標でも二酸化炭素の方が水に解けにくいように思われる。ところが、実際の実験結果は圧倒的に二酸化炭素が解 けやすいのである。われわれはこの現象を R IS M-S C F 法により解析し、そのパラドックスを解明することに成功し た。それによると、二酸化炭素は水の電場によって分極されやすく、炭素原子と酸素原子に電荷の片寄りが生じ、水 分子との間に水素結合をつくる。この水素結合による安定化によって溶解度が増大するのである。[Chem. Phys. Lett. 323, 257 (2000) および J. Chem. Phys. 112, 9463 (2000) に既報]

(iii) NMR 遮蔽定数に対する溶媒効果の分子論:NMR 化学シフトは溶液内分子の局所的な相互作用に敏感であり、微 視的な情報を得る上で最も有効な実験手法の一つである。このため、孤立分子の化学シフトの理論は古くから量子

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化学的手法に基づいて議論されてきた。一方 、近年、京都大学の中原教授のグループは水の1HNMR 化学シフトの熱 力学状態に対する変化を報告している。これは溶媒和構造の変化の直接観測であり、従来の理論ではこのシフト変 化を説明することは不可能である。我々は、溶媒和された分子の遮蔽定数を、R ISM-SC F 法のハミルトニアンについ ての磁場および核磁気モーメントの微分値で定義し、その計算プログラムを開発した。計算の結果得られた1Hの化 学シフトは、温度の上昇に伴ってシフト値が小さくなり、実験結果を非常によく再現している。溶媒和分子の化学シ フトを非経験的に予測した手法は他に類がなく、今後、他の溶液系のみならず生体内分子への応用などが期待され ている。[Chem. Phys. Lett. 325, 668 (2000) に既報]

b) 溶液中の集団的密度揺らぎと非平衡化学過程:われわれは昨年までの研究において、液体の非平衡過程を記述する 上で相互作用点モデルが有効であることを示し、そのモデルによって液体中の集団的密度揺らぎ(集団励起)を取り 出す方法を提案してきた。さらに、その理論に基づき溶液内の化学種のダイナミックス(位置の移動、電子状態、構造 変化)をそれらの変化に対する溶媒の集団的密度揺らぎの応答として記述する理論を展開しつつある。この分野の 研究の主な成果は以下のとおりである。

(i) 水中のイオンの間に働く相互作用(平均力ポテンシャル):溶液内に存在する二個の分子の間には直接の相互作 用だけではなく溶媒によって誘起される相互作用が働き、化学反応や蛋白質の構造決定に本質的な役割を果たして いる。このような溶液内分子間に働く相互作用を平均力ポテンシャルという。例えば、分子間の電子移動反応の速度 を決定する重要な要因のひとつはドナーとアクセプターの間の安定な距離であるが、この距離を決定するのは平均 力ポテンシャルである。(例:コンタクトイオン対vs.溶媒を挟んだイオン対)この平均力ポテンシャルの最も簡単な ものが水中のアルカリ金属イオンおよびハロゲン化物イオン間のそれであり、これまで分子シミュレーションを含 む多くの理論的研究が行われてきたが、未だに、完全なコンセンサスは得られていない。われわれは 3D -R IS M 理論 に基づきこれらのイオン間の平均力ポテンシャルを評価すると同時に、イオン間の距離によって近傍の溶媒和構造 が変化する様子を詳細に解明した。[J. Chem. Phys. 112, 10391 (2000)およびJ. Chem. Phys. 112, 10403 (2000)に既報] c) 生体高分子の溶媒和構造の安定性に関する研究:本研究課題の最終目的は第一原理すなわち分子間相互作用に関す

る情報のみから出発して蛋白質の立体構造を予測することである。蛋白質の立体構造予測(すなわちフォールデイ ング)には二つの要素がある。そのひとつは広い構造空間をサンプルするための効果的なアルゴリズムであり、他は 蛋白質の構造安定性を評価する問題である。蛋白質の安定性はそれが置かれている環境すなわち熱力学的条件に よって完全に規定される。この熱力学的条件には溶媒の化学組成(溶媒の種類および共存溶質の濃度)、温度、圧力な どが含まれる。本研究テーマにおいて我々は蛋白質の構造安定性に対して熱力学的条件が与える影響を分子レベル で明らかにする目的で、その素過程として、アミノ酸やペプチドおよび疎水分子の水和現象を分子性液体の統計力 学( R IS M 理論)に基づき解析している。これらの解析は蛋白質の安定性に関わる物理的要因を分子レベルで解明 するだけでなく、今後、蛋白質のフォールデイングを実際に実行するうえで重要となる溶媒和自由エネルギーを計 算するための方法論的基礎を与えるものである。

(i) 生体分子の部分モル容積:溶液中の蛋白質はその安定構造の周りで揺らいでおり、それぞれの構造揺らぎが出現 する確率はもちろんその自由エネルギーによって規定される。最近、神戸大学の赤坂教授は蛋白質の構造揺らぎを 調べる上で圧力をパラメタにした実験が本質的であるという主張を展開している。赤坂氏らは圧力を連続的に変え た一連のNMR 化学シフトの実験を行い、圧力の大きさに応じて、天然構造から完全な変性状態にいたる一連の異な

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ロファイル(ランダウ自由エネルギー曲面)をサンプルしていることになる。このような非平衡構造の出現確率は非 常に小さいのでそれをスペクトルやX 線回折など通常の方法によって検出することは困難であり、赤坂氏の方法は 蛋白質の非平衡構造(揺らぎ)を検出するユニークな方法であると思われる。ところで、圧力に対する蛋白質の熱力 学的応答はル・シャテリエの法則によって部分モル容積に反映される。したがって、蛋白質の構造揺らぎを調べる上 で部分モル容積は本質的な意義をもつ。また、寿命の短い非平衡構造の部分モル容積を測定する実験的技術は未だ 無いので、理論的に部分モル容積を求める方法を確立することは極めて重要である。昨年度、われわれはR IS M理論 とK irkwood-B uff理論を結合して、生体高分子に適用できる部分モル容積の理論を提案した[J. Chem. Phys. 112, 9469

(2000)に既報]本年度はR IS M 理論を3D -R IS M 理論に置き換えることにより、定量的な解析に適用できる理論に大

幅に改良すると同時に、この理論を使って、ポリペプチドのHelix-C oil転位に対応する部分モル容積変化を評価し、 実験結果を再現することに成功した。[J. Chem. Phys. に投稿中]

B -1) 学術論文

Y. HARANO, H. SATO and F. HIRATA, “Solvent Effects on a Diels-Alder Reaction in Supercritical Water: RISM-SCF study,” J. Am. Chem. Soc. 122, 2289 (2000).

M. KINOSHITA, Y. OKAMOTO and F. HIRATA, “Peptide Conformations in Alcohol and Water: Analysis by the Reference Interaction Site Model Theory,” J. Am. Chem. Soc. 122, 2773 (2000).

T. IMAI, M. KINOSHITA and F. HIRATA, “Salt Effect on Stability and Solvation Structure of Peptide: An Integral Equation Study,” Bull. Chem. Soc. Jpn. 73, 1113 (2000).

A. KOVALENKO and F. HIRATA, “Potential of Mean Force of Sodium Chloride in Ambient Water, I: Three-Dimensional Reference Interaction-Site Model,” J. Chem. Phys. 112, 10391 (2000).

A. KOVALENKO and F. HIRATA, “Potential of Mean Force of Sodium Chloride in Ambient Water, II: Solvation Structure from the 3D-RISM Approach, and Comparison with Simulations,” J. Chem. Phys. 112, 10403 (2000).

A. KOVALENKO and F. HIRATA, “Hydration Free Energy of Hydrophobic Solutes Studied by a RISM with a Repulsive Bridge Correction and a Thermodynamic Perturbation Method,” J. Chem. Phys. 113, 2793 (2000).

Y. HARANO, H. SATO and F. HIRATA, “Theoretical Study on Diels-Alder Reaction in Ambient and Supercritical Water: Viewing Solvent Effect through the Frontier Orbitals,” Chem. Phys. 258, 151 (2000).

H. SATO, A. KOVALENKO and F. HIRATA, “Self-Consistent Field, Ab Initio Molecular Orbital and Three-Dimensional Reference Interaction Site Model Study for Solvation Effect on Carbon Mono-Oxide in Aqueous Solution,” J. Chem. Phys. 112, 9463 (2000).

T. IMAI, M. KINOSHITA and F. HIRATA, “Theoretical Study for Partial Molar Volume of Amino Acids in Aqueous Solution,” J. Chem. Phys. 112, 9469 (2000).

V. SHAPOVALOV, T. N. TRUONG, A. KOVALENKO and F. HIRATA, “Liquid Structure at Metal Oxide-Water Interface: Accuracy of a Three-Dimensional RISM Methodology," Chem. Phys. Lett. 320, 186 (2000).

H. SATO, N. MATSUBAYASHI, M. NAKAHARA and F. HIRATA, “Which Carbon Oxide is More Soluble? Ab initio Study on Carbon Monoxide and Dioxide in Aqueous Solution,” Chem. Phys. Lett. 323, 257 (2000).

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A. SETHIA AND F. HIRATA, “Electron Self-Trapping in Two-Dimensional Fluid,” Chem. Phys. Lett. 326, 199 (2000). T. YAMAZAKI, H. SATO and F. HIRATA, “NMR Chemical Shifts in Solution: A RISM-SCF Approach,” Chem. Phys. Lett. 325, 668 (2000).

A. KOVALENKO, F. HIRATA AND M. KINOSHITA, “Hydration Structure and Stability of Met-Enkephalin Studied by a Three-Dimensional RISM with a Repulsive Bridge and Thermodynamic Perturbation Method,” J. Chem. Phys. 113, 9830 (2000).

K. NISHIYAMA, F. HIRATA and T. OKADA, “Importance of Acoustic Solvent Mode and Solute-Solvent Radial Distribution Function in Slvation Dynamics: Studied by RISM Theory,” J. Chin. Chem. Soc. 47, 837 (2000).

A. MITSUTAKE, M. KINOSHITA, Y. OKAMOTO and F. HIRATA, “Multicanonical Algorithm Combined with the RISM Theory for Simulating Peptide in Aqueous Solution,” Chem. Phys. Lett. 329, 295 (2000).

K. NISHIYAMA, F. HIRATA and T. OKADA, “Relaxation of Average Energy and Rearrangement of Solvent Shells in Various Polar Solvents in Connection with Solvation Dynamics: Studied by RISM Theory,” Chem. Phys. Lett. 330, 125 (2000).

A. KOVALENKO and T. N. TRUONG, “Thermochemistry of Solvation: A Self-Consistent Three-Dimensional Reference Interaction Site Model Approach,” J. Chem. Phys. 7458 (2000).

J. P. SNYDER, N. S. CHANDRAKUMAR, H. SATO and D. C. LANKIN, “The Unexpected Diaxial Orientation of cis-3,5- Difluoropiperidine in Water: A Potent CF-NH Charge Dipole Effect,” J. Am. Chem. Soc.(Communication) 122, 544 (2000).

B -3) 総説等

木下正弘、岡本祐幸、平田文男 , 「蛋白質立体構造形成における溶媒効果」, 生物物理 40, 374–378 (2000).

B -4) 招待講演

平田文男, 「構造規制電極−溶液界面の統計力学理論」, 電気化学会67回大会「シンポジウム:構造規制機能界面の構築 と電極反応」, 名古屋 , 2000年 4 月 .

平田文男、佐藤啓文、原野雄一, 「超臨界水の構造および化学反応のR ISM-SC F 理論による取り扱い」, 科学技術振興事業 団(J S T )戦略的基礎研究推進事業(C R E S T )「超臨界流体反応研究会」, 京都 , 2000年 5 月 .

平田文男, 「化学における溶液内非平衡過程の統計力学的研究」, 分子研研究会「凝縮相ダイナミクス研究の現状と将 来」, 岡崎コンファレンスセンター, 2000年 5 月 .

F. HIRATA, “Collective excitations and ion dynamics in water studied by the RiSM theory coupled with a generalized Langevin equation.” International workshop on “Modern Problems of Soft Matter Theory,” Lviv (Ukraine), August 2000.

F. HIRATA, “Interaction-site description of collective excitations and ion dynamics in water,” 2000 Gordon Research Conference on “Water and Aqueous Solution,” Plymouth (U. S. A.), August 2000.

F. HIRATA and A. KOVALENKO, “Coupled DFT and integral equation study for a metal-water interface,” 2000 ACS symposium on “Computer Simulation in Electrochemistry,” Washington DC (U. S. A.), August 2000.

T. YAMAZAKI, H. SATO and F. HIRATA, “NMR chemical shift due to solvation: RISM-SCF study,” 2000 ACS symposium on “Frontiers in Biophysical Theory,” Washington DC (U. S. A.), August 2000.

(5)

F. HIRATA, “Collective excitations and ion dynamics in water described by interaction-site model of molecular liquids,” TC2K: Disucussion Meeting on Theoretical Chemistry, Kanpur (India), December 2000.

平田文男, 「蛋白質の部分モル容積と構造揺らぎ」, 分子研研究会「動的側面からみたタンパク質の分子科学−揺らぎの理 解に向けて」, 岡崎コンファレンスセンター, 2000 年 12 月 .

A. KOVALENKO, “Description of a metal-electrolyte solution interface by a self-consistent combination of the Kohn-Sham density functional theory and the three-dimensional reference interaction site model,” 第2回溶液化学シンポジウム・プレシ

ンポジウム, 岡崎コンファレンスセンター, 2000年 11 月 .

佐藤啓文, 「量子論と統計理論に立脚した溶液内化学過程の研究」, 日本化学会第78春季年会, 日本大学理工学部船橋 キャンパス, 2000 年 3 月 .

H. SATO, “Solvent Effect on Electronic Structure in Solution: A combined method of ab initio MO and integral equation theory for liquids,” Symposium on Solvated Molecules and Ions: from Clusters to Condensed Phases, PacifiCehm 2000, Honolulu (U. S. A.), December 2000.

B -6) 学会及び社会活動 学協会役員、委員

溶液化学研究会運営委員(1994-). 学会等組織委員

The 8th Korea-Japan Symposium on Molecular Science: Molecular Spectroscopy and Theoretical Chemistry.

組織委員

第23回溶液化学シンポジウム組織委員長 . 学術雑誌編集委員

物性研究各地編集委員(1996-).

B -7) 他大学での講議

九州大学理学部、2000年 6月 .

C ) 研究活動の課題と展望

化学反応は電子状態の変化にドライヴされる原子の組み変えないしは構造の変化(異性化)を伴う化学過程であり、溶液中 のそれには溶媒効果が極めて重要な役割を演じる。溶媒効果は反応系の溶解度、化学平衡(安定性)と反応速度など化学 反応のすべての過程に関わりをもっている。われわれはこれまで分子性液体の統計力学理論と電子状態理論を結合した新 しい溶媒効果の理論(R IS M-S C F )を提案し、系の安定性(溶解度と化学平衡)に関わる問題に関してはほぼ完成した理論 を構築している。これらの問題は反応系の始状態と終状態の自由エネルギーおよびその微分量の評価によって特徴づける ことができる。一方、反応速度の問題は単純な遷移状態理論においてさえも、これらの2状態以外に遷移状態が関与してく るため問題は非常に複雑になる。溶媒の動的な揺らぎとの結合を考慮すると、事情はさらに複雑になり、現在、少なくとも解析 的な方法を使って溶液内化学反応の問題を分子レベルで記述する理論は存在しない。今後、当グループでは、特に、溶質 と溶媒の自由度の動的な結合という視点から化学反応速度の理論構築を開始しようとしている。

溶質と溶媒の自由度の動的結合を最も端的に表わす化学反応は異性化反応であろう。本研究では二面角の周りの回転が

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関与する異性化反応をターゲットとする。このような反応の簡単な例はブタンやジクロルエタンなどのシス(ゴーシュ)−トラン ス異性化であるが、その最も複雑な例としては蛋白質の構造変化もその中に含まれる。蛋白質のような複雑な分子の場合 はたくさんの分子内モードが含まれ、特に、多くの二面角が協同的に変化する低振動モードが重要な役割を演じるところが、 低分子の異性化反応と大きく異なる点である。いずれにしてもこれらの分子内モードと溶媒の動的揺らぎとの結合の強さが 異性化反応にとって重要であることは疑いない。溶媒の動的揺らぎを化学反応速度と関係づける視点はクラマースによって 確立されたものであるが、反応の駆動力としての溶媒のランダムな力と反応の進行を抑える「力」としての抵抗力をその主 な要素とする。反応速度の問題はこれらの要素を含む確率微分方程式を反応経路に沿って解くことに他ならない。 当グループではこれまでの研究において水中のイオンのダイナミックスに関する分子論の定式化を行った。まず、水のダイ ナミックスを集団的密度揺らぎ(集団励起)としてとらえ、この揺らぎが「音響モード」と二つの「光学モード」に分割できること を示した。次ぎに、水中のイオンに働く摩擦抵抗をイオンの変位に対するこれらの集団励起の応答として表現し、それらがそ れぞれストークス抵抗および誘電摩擦抵抗に対応することを明らかにした。異性化反応のダイナミックスに関わる本質的問 題はイオンダイナミックスの理論を「形をもった分子」に拡張ないしは一般化するという問題である。異性化反応の場合は溶 媒からの摩擦抵抗を分子の構造変化に対する溶媒の集団励起の応答として定式化することになる。溶質の異性化反応に 多くのモードが関わる場合はそれらのモードと溶媒の集団励起のモードとの結合を調べることが主要な課題である。

参照

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